飢餓と充溢の愛 01

───十数年前

少女はとある名家の家に生まれた。
期待されていた魔力の高い子供に親戚も両親も大喜びした。少女は蝶よ花よと大切に育てられる。

しかし、ある日少女は高熱を出した。高熱は1週間続き親族や家族は心配するもののすぐに良くなり、周りが安心したのも束の間。少女は魔力のコントロールができなくなってしまう。それと同時期に彼女の妹の魔力の質やコントロールが上がるようになっていった。周囲の目が冷たくなる度に少女は焦りながら練習に励むが、再び魔力のコントロールができることは無かった。

少女の周りに変化が起き始めた。親しかった人が周りから消えた。まず友達が遊びに来なくなった。優しかった先生が怒鳴るようになった。両親や親戚が冷たくなった。変化が起きる度に少女は必死に努力をした。魔力がコントロール出来ずとも何か出来ることはないか、怒られないようにするには何をしたらいいか、もっと勉強すればいいのか、何かを手伝えばいいのか。必死に色々と努力をした。蝶よ花よと育てられた少女が、家の掃除から、調理、洗濯、家事など全てをできるようになり、いくつ本の内容を覚えても、周りの態度や変化が元に戻ることは一切なく、状況は悪化するばかりだった。

──「妹よりも出来損ないで役立たずの癖に」

少女はいつからか名前ですら呼ばれなくなった。何をしても怒鳴られ、殴られ、蹴られ、そうして少女が泣けばまた同じ事を繰り返す。そうしていくうちに少女は泣くのも、笑うのもやめた。それでも、見放されるのか怖くて、また優しく笑って欲しくて、褒めて欲しくて、名前で呼んで欲しくて、努力をして、努力をして、努力をして、努力をして

───少女が気がついた時には薄暗い地下牢にいた。その頃には少女ももう一度認めて貰うことは諦めていた。自分が出来損ないで役立たずだから仕方ないことだと思うことで、彼女は辛うじて最後の心の欠片を守っていた。そうして少女は家族から縁を切られ、ゴミのように見知らぬ汚い路地裏に捨てられたのだ。

その瞬間ルクレツィアは飛び起きた。酷い冷や汗と痛いほど心臓の鼓動が高鳴っており、ルクレツィアの身体がガタガタと震え始める。その震えを抑えるために体を小さく縮こませて布団を被るが震えが収まる様子はない。酷い吐き気と胸を突き刺されるような痛みがルクレツィアを襲い始め、段々と彼女の目には涙が溜まり始める。

(もう……忘れられたと思っていたのに……)

我慢するように腕を掴んだルクレツィアは必死に別のことを考えて忘れようとするが、思い出されたのは別の辛い事だった。そもそもルクレツィアが最近過去の事を夢見てしまうようになったのは、そこに原因があるのだから当然とも言えるだろう。最近カトルとエッセルが天星器に乗っ取られる事件があった。その事件自体は他の十天衆と団長が力を合わせることで解決したのだが、その出来事はルクレツィアにとって未だに深い傷を残していた。カトルとエッセルがそれぞれ思い悩んでいる事があったのにも関わらず、ルクレツィアを頼ることなく彼らは甘言に乗せられて天星器を手に取ってしまった。そうして天星器を手にしたカトルとエッセルとそれぞれルクレツィアは対峙したのだが、手も足も出なかった。彼らを止めることも、助けることも出来なかった。

「弱い……私は…強くなれない…二人の役に…立てない…」

だから、私は捨てられた。役に立てないから。弱いから。妹より出来損ないだから。今のままではカトルやエッセル、団長にすら捨てられてしまうのではないだろうか。違う、彼らはそんなことはしない。分かっている。理解している。でも、そこに絶対はない以上、可能性がある以上、1度体験してしまったからには恐怖しかなかった。

「………怖いよ」

ルクレツィアはさらに身を縮こませる。胸の奥が切られるような、殴られるようなそんな痛みが走り続ける。もう何年ルクレツィアはこの恐怖を感じ続けて来ただろうか。もう何年その恐怖と向き合うことから逃げているだろうか。そう、ルクレツィアはちゃんと理解していた。感じている恐怖はただの思い込みで、自分の勘違いである事も。その恐怖と向き合わなければならないことも、ちゃんと理解していた。ルクレツィアはポツリと呟いた。

「…………行かないと」

その誰に対して呟いた訳でもない言葉は虚空へと散った。

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